2025年12月09日
はじめに
先月の「今月の1例」では、バレット食道についてご紹介しました。https://miyuki-cl.com/column/今月の1例:バレット食道/
バレット食道そのものは多くの場合自覚症状がなく、治療の必要もありません。
しかし一部の方では、そのバレット食道の部分から食道がん(バレット食道がん)が発生することがあります。
このため、バレット食道と診断された方は、症状がなくても定期的に胃カメラで経過を観察することが大切です。
今回は、当院で実際に経験したバレット食道がんの症例をご紹介します。
症例
60代男性の方です。
逆流性食道炎とバレット食道のため、定期的に胃カメラで経過をみていました。
ある検査の際、バレット食道の部分にごく小さな「へこみ(陥凹)」と軽い出血が見つかりました。


NBI観察
生検(組織検査)を行ったところ、がん細胞が確認されました。
早期発見だったため、大学病院で内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)という内視鏡治療を受け、がんは完全に取りきれました。その後も定期的に胃カメラでフォローしています。
バレット食道がんとは?
通常、食道の粘膜(胃カメラで観察できる部分)は「扁平上皮細胞」という皮膚に近いタイプの細胞でできています。
日本で多くみられる食道がんは、この扁平上皮細胞から発生するため「扁平上皮がん」と呼ばれます。
一方、バレット食道とは、逆流した胃酸の刺激によって、食道の粘膜が胃の粘膜のような「腺細胞」に置きかわった状態のことです。
そして、この腺細胞の部分から発生したがんをバレット食道がんといいます。
つまり、
・通常の食道がん → 扁平上皮がん
・バレット食道から発生するがん → 腺がん
というように、がんのタイプそのものが異なるという特徴があります。
欧米では食道がんの多くが腺がん(バレット食道がん)です。
日本では依然として扁平上皮がんが主流ですが、近年、西洋化した生活習慣や逆流性食道炎の増加に伴い、バレット食道がんが増えてきています。
危険因子
① バレット食道の長さ
最も重要な危険因子です。
バレット食道が長くなるほど、がんのリスクが高くなります。バレット食道は、その長さによって以下のように分類されています。
3cm以上のバレット食道(Long segment Barrett’s esophagus; LSBE)
3cm未満のバレット食道(Short segment Barrett’s esophagus: SSBE)
欧米のデータでは、LSBEはSSBEに比べて発がんリスクが明確に高いことが示されています。
しかし日本では事情が少し異なります。
そもそも日本人では LSBE の頻度が非常に低く、バレット食道の多くは 3cm 未満の SSBE です。そのため 日本で診断されるバレット食道がんの多くは、SSBE から発生している ことが分かっています。
つまり、日本では「バレット食道が短い=がんの心配が少ない」とは必ずしも言い切れず、SSBEでも適切な経過観察が重要となります。
② 慢性的な胃酸逆流(逆流性食道炎)
胃酸が食道に長期間逆流し続けると、粘膜のダメージが蓄積し、がんのリスクが高くなります。
胸やけ・呑酸(酸っぱい逆流)がある方は要注意です。

③ 肥満(特に内臓脂肪型)
腹部肥満は胃酸の逆流を引き起こしやすく、欧米の大規模研究では肥満の方はバレット食道がんのリスクが明らかに高いと報告されています。

④ 喫煙
喫煙は、食道粘膜の障害や逆流症状の悪化を招き、バレット食道がんの発生リスクを高めます。
⑤ 年齢と性別
中高年以降(50歳以上)
男性に多い
特に男性は、女性の数倍バレット食道がんのリスクが高いとされています。
症状
初期のバレット食道がんでは、がんそのものによる自覚症状はほとんどありません。
しかしバレット食道がんが進行すると、以下のような症状が出てきます。
① 食事のつかえ感(嚥下困難)
食べ物が「胸につかえる」「スムーズに飲み込めない」などの症状。
② 胸の痛み・胸やけの悪化
逆流性食道炎がある方は、「いつもと違う痛み」「胸の不快感」などを感じることがあります。
③ 体重減少
徐々に食事量が減るため、体重が落ちてくることがあります。
④ 声がかすれる
がんが進行して神経に影響した場合に起こることがあります。
⑤ 貧血やだるさ
がんから少量の出血が続くと、貧血症状につながることがあります。

食事が胸につかえるため、胃カメラを行ったところ、食道が細くなっていました(狭窄)。狭窄部手前からの生検でバレット食道がんと診断されたため、ロボット手術をしていただきました。
検査
バレット食道がんの診断には胃内視鏡(胃カメラ)が欠かせません。しかし、実はバレット食道がんの診断は、熟練した内視鏡医でも難しいことがあります。
その理由の一つが 逆流性食道炎の存在 です。
バレット食道は胃酸の逆流が原因で起こるため、逆流性食道炎を合併していることが少なくありません。炎症が強いと、
・赤み
・びらん(ただれ)
・色調の変化
などがバレット食道がんとよく似てしまい、通常光の観察だけでは区別がつきにくい ことがあります。
<特殊光(NBI・TXI)での精密観察が重要>
そのため診断には、通常光に加えて、
NBI(狭帯域光観察)
TXI(構造・色調強調観察)
といった 画像強調内視鏡(IEE) を組み合わせて、粘膜の微細な血管・表面構造を詳細に観察します。
こうした特殊光観察は、数mmレベルの早期バレット食道がんの発見に非常に有用 です。
<炎症が強い場合は「まず逆流性食道炎の治療 → 再検査」も必要>
逆流性食道炎が強いと、炎症による変化が大きく、がんと誤認したり、逆にがんを見逃したりする可能性があります。
そのため、
🔹胃酸を抑える薬(PPIやPCAB)で炎症を軽くする
🔹数週間〜数カ月後に改めて内視鏡で精密観察する
というステップを踏むこともあります。
これは、より正確にバレット食道の範囲と、がんの有無を評価するために非常に重要なプロセス です。
治療
初期のバレット食道がんの場合は、内視鏡での治療が可能です。
日本では主に 内視鏡的粘膜剥離術(ESD) が行われています。
ただし、バレット食道がんは胃がんと比べて、がんの広がり(境界)が分かりにくいという特徴があります。
炎症が重なっていたり、色調の差が微妙だったりするため、
・NBI
・TXI
・拡大観察
など、特殊な観察方法を駆使して病変を慎重に見極める必要があります。
そのため、バレット食道がんの診断・治療の経験が豊富な施設で治療を受けることが大切です。
内視鏡的治療の適応がない進行したバレット食道がんの場合には、
🔹食道の外科的切除(手術)
🔹抗がん剤治療(化学療法)
🔹放射線治療
などが選択されます。
進行度に応じて、複数の治療法を組み合わせることもあります。
まとめ
バレット食道は自覚症状がほとんどありませんが、一部の方では“腺がん(バレット食道がん)”が発生することがあります。特に逆流性食道炎のある方やバレット食道が長い方は注意が必要です。
バレット食道がんは早期であれば内視鏡治療で完治を目指すことができます。そのため、定期的な胃カメラによる経過観察が最も重要なポイントです。気になる症状がある方や過去にバレット食道を指摘された方は、どうぞ早めにご相談ください。
参考文献
天野 祐二、他. 日消誌 2015;112:219-23.
西 隆之、他. 胃と腸 2016;51:1252-8.
岡原 聡、他. 胃と腸 2021;56:155-62.