2025年9月23日

はじめに
膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)は、膵嚢胞性疾患の中で最も頻度の高いものです。多くの場合は症状もなく、日常生活に支障をきたすこともありません。しかし、最大の問題点は「膵がんが発生する危険性」があることです。
ところでみなさんは「脂肪膵」という言葉をご存知でしょうか。「脂肪肝」なら健診などの腹部エコーで耳にしたことがある方も多いと思います。肝臓と同じように膵臓にも脂肪がたまることがあり、これを脂肪膵と呼びます。
近年、その脂肪膵が膵がんと関係している可能性が報告されており、特にIPMNと組み合わさった場合のがんリスクに注目が集まっています。
今回、東京大学消化器内科胆膵グループの大山先生・濱田先生らが、脂肪膵とIPMNに伴う膵がん発生の関連性について画期的な論文を発表しました。
引用論文:
「脂肪膵と膵がんの関係はがんのタイプにより異なる」
Oyama, Hamada, et al. Gastroenterology 2025;169:718-21.
本コラムでは、この論文について解説します。
脂肪膵の評価
研究では、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)患者さんを対象に、3テスラMRIを用いて膵臓にどのくらい脂肪が蓄積しているかを評価しました。
各患者さんは、最初の5年間は半年~1年ごとに、5年経過後は年1回の頻度で血液検査や画像検査を受け、膵がんの発生をチェックしました。
脂肪膵はIPMN併存膵がんと関係する
脂肪膵は、「IPMN由来膵がん」(嚢胞自体ががん化)よりも「IPMN併存膵がん」(嚢胞とは離れた場所に発生する膵がん)で高率に認められました。
IPMN併存膵がん:46.7%
IPMN由来膵がん:12.0%
つまり、脂肪膵はIPMN併存膵がんの発生に強く関与しており、一方でIPMN由来膵がんとは関連が見られませんでした。
脂肪膵があるとIPMN併存膵がんのリスクは4.6倍に
統計学的にみると、脂肪膵がある場合、IPMN併存膵がんが発生するリスクは4.6倍に増加しました。
一方で、IPMN由来膵がんのリスクは0.75倍と関連性は低いとされました。

つまり、脂肪膵を伴うIPMN患者さんでは、嚢胞とは別の部位に膵がんができやすいことが明らかになったのです。
コメント
IPMNに発生する膵がんは2つのパターン(IPMN由来膵がんとIPMN併存膵がん)があり、嚢胞自体のがん化(IPMN由来膵がん)だけでなく、嚢胞がないところにできる膵がん(IPMN併存膵がん)にも気をつける必要があることは、これまでもコラムでもお伝えしてきました。
▶IPMNと膵がんの関係についてはこちら→https://miyuki-cl.com/column/膵管内乳頭粘液性腫瘍(ipmn)と膵がんの関係とは/

IPMN由来膵がんについては、危険因子がある程度明らかになってきており、それを元にガイドラインで経過観察の方法が定められています。
一方、IPMN併存膵がんの危険因子は不明な点が多く、進行した状態で突然見つかるケースも少なくありません。そのため、リスク因子を明らかにすることは患者さんの予後改善に直結します。
今回の研究では、脂肪膵がIPMN併存膵がんの危険因子であることが示されました。これは、これまでのIPMN診療に新しい視点をもたらす大きな発見です。
従来のガイドラインは「IPMN由来膵がん」を念頭においたものであるため、小さな嚢胞の場合には経過観察の間隔を長く設定したり、中止されることもありました。しかし脂肪膵がある場合には、IPMN併存膵がんのリスクを考慮して、より注意深いフォローが必要になる可能性があります。
今後の課題としては、
1. 脂肪膵をどのように診断するか?
本研究ではMRIで脂肪膵の評価がおこなわれましたが、臨床現場での普及は限定的です。脂肪肝のように腹部エコーで簡単に診断できればいいのですが、膵臓に関しては難しいのが現状です。超音波内視鏡検査(EUS)で脂肪膵を評価する試みがおこなわれており、膵嚢胞の検査の際に脂肪膵の評価もできる可能性があります。
2. 脂肪膵を改善できるのか?
生活習慣病(メタボ)の改善が膵がんリスク低下につながるとの報告があります。減量や糖尿病治療薬が脂肪膵の改善に有効である可能性も指摘されており、脂肪膵の改善を改善することで膵がんの予防につながるかどうかは、今後の大きな研究課題です。
まとめ
・脂肪膵はIPMN併存膵がんの危険因子である可能性がある
・今後は脂肪膵をどう評価し、どう改善するかが重要なテーマ
「IPMN+脂肪膵」という視点は、膵がん診療における新しいキーワードになるかもしれません。
▶脂肪膵についてはこちらもご参考ください→https://miyuki-cl.com/column/脂肪膵とは?糖尿病と膵がんとの関係を分かりや/
参考文献
Oyama H, et al. Gastroenterology 2025;169:718-21.
Sepe P, et al. Gastrointest Endoscopy 2011;73:987-93.
Otsuka N, et al. Cancers 2025;17:1765.
山崎 大. 胆と膵 2025;46:345-51.