2023年12月31日
はじめに
「ピロリ菌を除菌したから、もう胃がんの心配はないですよね?」
外来で、こうした質問をいただくことが少なくありません。
ピロリ菌は、慢性胃炎や胃潰瘍、そして胃がんの主な原因として知られています。
そのため、感染が見つかった場合には除菌治療が勧められており、実際に除菌によって胃がんの発生リスクが下がることが分かっています。
しかし――
「除菌した=胃がんにならない」わけではありません。
ピロリ菌を除菌した後も、胃の粘膜に残る「萎縮」や「腸上皮化生」といった変化が、胃がんの発生につながることがあります。
最近では、ピロリ菌を除菌した後に発見される「除菌後胃がん」が増えており、内視鏡医の間でも大きな関心を集めています。
今回は、当院で経験したピロリ菌除菌後の胃がんを紹介します。
症例
70代の男性の方です。
5年前に、他院で胃がんの内視鏡的治療を受けています。その際に、ピロリ菌を除菌しました。
その後は、他院で年1回胃カメラを受けていましたが、慢性胃炎以外の異常は指摘されなかったようです。
今回、当院での初回胃カメラを受けました。

胃体部に胃がん治療後の跡が見られます(矢印)。


胃角部には、周囲よりやや赤く凹んでいる(陥凹)部位を認めました。生検をしたところ、胃がんと診断されました。
早期の胃がんで内視鏡的治療が可能と判断し、大学病院にて内視鏡的に切除していただきました。
最終診断は大きさ6X5mmの早期胃がんで、完全に取りきれていました。
現在は経過良好で、今後も年1回の胃カメラで経過観察を続けていく予定です。
ピロリ菌除菌と胃がんの関係
ピロリ菌は、胃がんの最大の原因として知られています。
除菌を行うことで、胃がんの発生リスクは確実に下がります。
そのため、ピロリ菌に感染している方は、原則として除菌治療を受けることが推奨されています。
2013年には除菌治療の保険適応が拡大し、多くの方が治療を受けられるようになりました。
しかし、除菌をしたからといって胃がんのリスクがゼロになるわけではありません。
「除菌後胃がん」という新しい課題
以前は、ピロリ菌を除菌すれば「もう安心」と考えられていました。
除菌後のフォローアップ(胃カメラ検査)を十分に行っていなかった医療機関も少なくありませんでした。
しかし近年になって、ピロリ菌除菌後にも胃がんが発生するケースが報告されるようになり、
この「除菌後胃がん」が内視鏡領域の大きなトピックとなっています。

除菌後の胃の粘膜(胃壁)は、赤み(発赤)が残ったり、凹凸が目立ったりすることがあり、そのような変化した部分に胃がんが発生しやすいとされています。
また、除菌後胃がんは周囲の粘膜と色や形が似ているため、「がん」と「非がん部」の境界が分かりにくく、発見が難しいという特徴があります。
当院でのピロリ菌除菌後胃がんの例
当院で発見したピロリ菌除菌後胃がんを3例提示します。
<80代男性>

5年前にピロリ菌除菌。内視鏡的に治療できました(大きさ10X11mm)。
<60代男性>

10年以上前にピロリ菌除菌。内視鏡的に治療できました(大きさ14X5mm)。
<70代女性>

10年前にピロリ菌除菌。10年ぶりに胃カメラを受けました。まず内視鏡的治療をしましたが、病理学的に進行していたため、追加手術となりました。
除菌後胃がんの特徴と早期発見の重要性
除菌後に発生する胃がんの多くは、内視鏡治療で完治可能な早期がんです。
その理由のひとつが、定期的に胃カメラを受けている方が多いことです。
一方で、数年にわたって検査の間隔が空いてしまうと、見つかった時にはすでに内視鏡では治療できない進行がんに進んでいることもあります。
また、除菌後胃がんは除菌の3年以内に見つかることが多いですが、中には10年以上経ってから発見されるケースもあります。(実際、上記の2例は除菌から10年以上が経過していました。)
ピロリ菌を除菌した方へ
ピロリ菌の除菌は、胃がんを予防する上でとても有効です。
しかし、「除菌=安心」ではありません。
胃の粘膜がすでに萎縮している方、腸上皮化生がある方、また過去に胃がんを治療された方は、除菌後も胃がんが発生するリスクが残ります。
そのため、除菌後の方こそ、定期的な胃カメラ検査を続けることが大切です。
特に年1回の検査を継続することで、もし再発や新たながんができても、早期発見・早期治療が可能になります。
まとめ
ピロリ菌を除菌しても、胃がんのリスクはゼロにはなりません。
だからこそ、年に一度の胃カメラで「安心を確認する」ことが大切です。
早期に見つかれば、体への負担が少ない**内視鏡治療(ESD)**で完治が可能です。
「もう除菌したから大丈夫」と思わず、ぜひ一度、胃のチェックを受けてみてください。
当院では、ピロリ菌除菌後のフォローアップや再発チェックも含め、皆さまの胃の健康を長く見守る診療を行っています。
参考文献
鎌田 智有ほか.胃と腸 2008; 43: 1810-19.
兒玉 雅明ほか. 日本ヘリコバクター学会誌 2023; 37-45.
貝瀬 満ほか.消化器内視鏡 2022; 34: 175-83.
野中 康一ほか.上部・下部消化管内視鏡診断㊙︎ノート 2.医学書院, 2018.
注:「今月の1例」は、今月に内視鏡を行なった症例とは限りません。過去の症例も含まれます。