2026年10月10日
膵がんは、胃がんや大腸がんなどと比べて、治療が難しいがんです。
その大きな理由の一つが、早期発見の難しさです。
すなわち膵がんの予後を改善するためには、手術によって根治が目指せる段階で発見することが非常に重要です。
そのため、早期の膵がんを見つける検査法の確立が求められています。
現在、膵がんの診断の中心となっているのは画像検査です。腹部エコー、CT、MRI、そして超音波内視鏡検査(EUS)を組み合わせることで、小さな膵がんを発見できるようになってきました。
一方で、症状のない多くの方に、MRIやEUSなどの詳しい検査を一律に行うことには、検査設備や費用、身体への負担などの課題があります。
そこで期待されているのが、血液検査による早期発見です。
採血によって膵がんが疑われる方を見つけ、詳しい画像検査につなげることができれば、早期発見の機会を広げられる可能性があります。
こうした検査の開発に、世界中の研究者が取り組んでいます。
今回ご紹介するのは、医学誌『Nature Medicine』に発表された、新しい血液検査に関する研究です。
血液中の「マイクロRNA (miRNA)」という、遺伝子の働きを調節する小さな分子に注目し、その測定結果と腫瘍マーカーである「CA19-9」を組み合わせることで、早期の膵がんを見つけられる可能性が示されました。
採血だけで膵がんの診断が確定するというものではありませんが、早期発見を支える新たな方法として注目される研究です。
研究の概要
日本を含む4カ国、計1,785人を対象とした国際共同研究です。
研究チームは、血液中の10種類のマイクロRNA(miRNA)の測定データを、AIの一種である機械学習を用いて解析しました。
さらにCA19-9を組み合わせた総合スコア「PANXEON(パンクシオン)」を構築し、膵がんをどの程度正確に見つけられるかを検証しました。
結果
1. ステージI〜II膵がんを高い感度で検出
PANXEONの感度は、ステージI〜IIの膵がんに対して86.2%でした。これは、実際にステージI〜IIの膵がんのある方の約86%を、陽性と判定できたことを意味します。
CA19-9単独の感度は67.7%であり、miRNAの測定結果を組み合わせることで、より多くの膵がんを検出できました。
院長コメント
従来の膵がんの腫瘍マーカーであるCA19-9単独よりも高い感度が得られたことは、期待の持てる結果です。
一方で、今回の数値はステージIとIIを合わせた成績です。私が特に注目しているのは、さらに早い段階であるステージ0やIの膵がんを、どの程度見つけられるかという点です。
今回の研究では、膵嚢胞に生じた高度異形成(ステージ0相当)についても検討されていますが(後述)、これがステージ0の膵がん全般に当てはまるかは、まだ分かりません。
こうした早期の病変に対する有効性が、今後さらに明らかになることを期待しています。
2. 膵がんのない方での「偽陽性」は、低リスク群で3.2%、高リスク群で15.6%
膵がんがないにも関わらず、検査で陽性と判定されることを「偽陽性」といいます。今回の研究では、膵がんがない対象群における偽陽性率は、低リスク群で3.2%、高リスク群で15.6%でした。
院長コメント
検査で陽性と判定された場合は、本当に膵がんがあるかどうかを調べるため、画像検査などによる詳しい評価が必要になります。結果的にがんが見つからなかった場合でも、追加検査に伴う身体的・経済的負担や、結果が分かるまでの不安が生じます。
そのため、がんを見逃さないことに加え、偽陽性をできるだけ少なくすることも大切です。
今回の高リスク群における偽陽性率15.6%は、膵がんがない方の約6人に1人が陽性と判定されたことを意味します。言い換えると、同じような高リスクの方で膵がんがない100人が検査を受けた場合、約16人が陽性となる計算です。
この検査を診療に取り入れる際には、早期発見への期待とともに、こうした負担も考慮する必要があります。
3. CA19-9陰性例の検出
CA19-9が上昇しないステージI〜IIの膵がんに対しても、miRNAによる検査は80.9%(21例中17例)の感度を示しました。
従来の腫瘍マーカーだけでは見つけにくい膵がんも、miRNAの測定によって検出できる可能性が示されました。
院長コメント
CA19-9は膵がんの代表的な腫瘍マーカーです。しかし、膵がんがあっても、特に早い段階では上昇しないことがあります。また、体質的にCA19-9を産生しにくい方もいるため、正常値だからといって膵がんを否定することはできません。
今回の研究では、CA19-9が正常範囲にあるステージI〜IIの膵がんでも、miRNAの測定によって約8割を検出できました。CA19-9だけでは捉えられない膵がんを見つける手がかりとして、期待の持てる結果です。
ただし、21例という少数例での成績であり、今後さらに多くの症例で有効性を確かめる必要があります。
4. ステージ0に相当する高度異形成も検出
膵嚢胞性病変に生じた、ステージ0に相当する「高度異形成(浸潤がんになる前の段階)」に対しても、PANXEONは64.3%(14例中9例)の感度を示しました。一方で、CA19-9の感度は7.1%でした。
また臨床的に高リスクと判断されて手術を受けたものの、病理検査では高度異形成を認めなかった膵嚢胞性病変では、75.5%(53例中40例)がPANXEONで陰性でした。
院長コメント
個人的には、本研究で最も興味深い結果です。
膵嚢胞性病変、特に分枝型膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)の診療では、がん化の危険性を見極め、必要な方に適切な時期に手術を行うことが重要です。なかでも、浸潤がんに進む前の高度異形成の段階で発見し、手術につなげることが理想の一つです。
しかし、異形成の程度は組織を顕微鏡で調べて判断するため、手術前に画像検査や血液検査だけで正確に見極めることは困難です。ガイドラインに沿って手術が勧められる病変でも、切除後の病理検査では低度異形成にとどまっていることがあります。
今回の結果は、PANXEONが、画像所見に加えて手術の必要性や時期を判断するための手がかりになる可能性を示しています。
ただし、高度異形成があってもPANXEONが陰性となった例が14例中5例ありました。少数例での検討でもあるため、陰性だから手術や経過観察が不要と判断することはできません。
今後、画像検査と組み合わせることで、より適切な判断につながるかが注目されます。
5. 治療効果の評価や再発の早期発見への可能性
19人を対象とした検討では、術前化学療法や手術の後にmiRNAスコアが低下し、再発した患者では再発に先立ってスコアが再上昇する傾向が認められました。
また、術前化学療法後にスコアが大きく低下した群では、それ以外の群に比べて6ヶ月時点の無再発生存率が有意に高いという結果でした(85.7%対41.7%)。
院長コメント
miRNAの測定は、膵がんを見つけるだけでなく、治療効果の評価や再発の早期発見にも役立つ可能性があります。
ただし、19人という少数例での探索的な検討であり、実際の診療でどの程度役立つのかについては、今後の検証が必要です。
6. 検診に導入した場合の効果は?−シミュレーションによる予測
研究チームは、PANXEONを検診に用いた場合の効果についてもシミュレーションしています。
まず10万人の膵がん高危険群を想定した試算では、膵がんがないにも関わらず陽性と判定される「偽陽性」が、CA19-9単独の13,919件から、PANXEONでは2,808件に減少すると推定されました。
※シミュレーションによる推計であり、実際の検診で観察された件数ではありません。
院長コメント
偽陽性を減らすことができれば、追加検査に伴う患者さんの身体的・精神的な負担や費用の軽減につながる可能性があります。
さらに、別のモデルを用いた試算では、膵がんのステージIを発見できる割合が約6%から約81%に増え、膵がん患者全体の5年生存率が約7%から約31%に改善する可能性が示されました。
※一定の仮定に基づく推計であり、実際の検診で確認された効果ではありません。
院長コメント
これらは一定の仮定に基づく予測であり、実際の検診で確認された成果ではありません。
早期発見を増やし、予後の改善につながるのか、今後の研究で確かめる必要があります。
膵がんの早期発見に向けた考え方:Define-Enrich-Findフレームワーク
これまで述べてきたように、膵がんの予後を改善するためには、なるべく早い段階で発見し、治療につなげることが重要です。
一方、症状がなく、膵がんのリスクが特に高いとされていない方に、一律に膵がん健診を行うことは推奨されていません(米国予防医学作業部会の勧告)。
その背景には、一般の方が膵がんを発症する頻度は低く、多くの方に検査を行っても、見つかる膵がんは限られるという事情があります。さらに偽陽性による追加検査や、それに続く治療によって、身体的・精神的な負担や合併症が生じる可能性があります。
現時点では、一般の方を広く対象とした膵がん健診について、死亡を減らすなどの利益が、こうした不利益を上回ることは十分に示されていません。
日本では、こうした課題に対して、地域の診療所と専門施設が連携する取り組みが広がっています。その代表例が、広島県尾道市で始まった「尾道方式」です。
膵がんの危険因子に着目し、腹部エコーなどで膵管拡張や膵嚢胞といった異常を拾い上げ、必要な方をMRIや超音波内視鏡検査(EUS)につなげます。
このように、対象者を段階的に絞り込み、詳しい検査につなげることが、膵がんの早期発見では重要になります。これと共通する考え方を、3つの段階で示したものが、「Define-Enrich-Find (DEF)フレームワーク」です。
Define-Enrich-Find (DEF)フレームワーク
DEFフレームワークは、膵がんのリスクに応じて対象者を段階的に絞り込み、早期発見につなげる考え方です。次の3段階で構成されます。
膵がんの早期発見につなげる
DEFフレームワーク
① Define:対象者を定める
膵がんの危険因子などをもとに、検査の対象となる方を選びます。
② Enrich:対象者をさらに絞り込む
血液検査などの情報を加え、膵がんの可能性がより高い方を絞り込みます。
③ Find:膵がんを見つける
MRIや超音波内視鏡検査(EUS)などで病変を探し、必要に応じて細胞や組織を調べ、診断につなげます。
現在の診療でも、①「対象者を定める」と③「膵がんを見つける」に相当する取り組みは行われています。
一方、②「対象者をさらに絞り込む」ための方法は研究段階にあり、広く使える標準的な方法はまだ確立していません。
DEFフレームワークと現在の診療
① Define:対象者を定める
膵がんリスクを高める遺伝子変異、膵がん家族歴、膵嚢胞・IPMN、新規糖尿病など
② Enrich:対象者をさらに絞り込む
?
③ Find:膵がんを見つける
腹部CT、MRI、超音波内視鏡検査(EUS)、必要に応じて膵液細胞診など
画像診断に進む前に対象者をさらに絞り込む「②Enrich」の段階では、比較的安価で体への負担が少なく、病変を見逃しにくい一方で、偽陽性も少ない検査が理想的です。
今回ご紹介したPANXEONは、この役割を担う候補として期待されます。ただし、実際の診療に取り入れるためには、検査精度に加え、費用や運用方法についても検証が必要です。
分枝型IPMN診療におけるPANXEONへの期待と課題
分枝型IPMNなどの膵嚢胞性病変では、画像検査にPANXEONを組み合わせることで、手術前に高度異形成やがんの有無をより正確に推定できるようになれば、手術の必要性や時期を判断する助けとなる可能性があります。
将来的には、手術を必要とする方を適切に見極め、経過観察が可能な方の手術を回避することにもつながるかもしれません。
ただし、今回の膵嚢胞に関する解析は、臨床的に高リスクと判断され、実際に手術を受けた方を対象としています。外来で経過観察を受けている方とは、病変の性質や高度異形成を伴う頻度が異なる可能性があります。そのため、今回の結果をそのまま日常のIPMN診療に当てはめることはできません。
さらに、高度異形成があってもPANXEONが陰性となった例が14例中5例ありました。現時点では、陰性という結果だけを根拠に手術を見送ることはできません。
必要な手術を遅らせることなく、経過観察が可能な方の手術を減らせるのか。画像検査と組み合わせた有用性を、今後の研究で確かめる必要があります。
まとめ:採血で膵がんの早期発見を支える未来へ
今回ご紹介したPANXEONは、血液中のmiRNAとCA19-9を組み合わせることで、膵がんの早期発見を目指す新しい検査です。CA19-9が上昇しない膵がんや、膵嚢胞に生じた高度異形成を検出できる可能性が示されたことは、期待の持てる結果です。
しかしながら、「採血だけで膵がんを診断できる」「陰性なら膵がんを否定できる」という段階にはありません。また、この検査を取り入れることで、実際に膵がんによる死亡を減らせるかどうかも、今後の検証が必要です。
将来、こうした血液検査が、詳しい画像検査を必要とする方を絞り込む手がかりとなり、MRIや超音波内視鏡検査(EUS)と組み合わせることで、より早い段階での発見につながることが期待されます。
当院でも、新しい検査の可能性と限界を見極めながら、一人ひとりのリスクに応じた診療を大切にし、膵がんの早期発見に取り組んでまいります。
参考文献
Xu C, et al. Nat Med 2026
Chari ST, et al. J Natl Cancer Inst 2026;118:1353-63.
Lesman CA, et al. JAMA Netw Open. 2026;9:e2617587.
清水 晃典, 他. 膵臓 2024;39:223-9.