2025年10月15日

はじめに
「最近、お腹の調子がずっと悪い」「下痢と便秘をくり返す」「検査をしても異常がない」
そんな経験はありませんか?
もしかすると、それは過敏性腸症候群(IBS:Irritable Bowel Syndrome)かもしれません。
日本人の10人に1人が悩んでいるといわれるこの病気は、命に関わるものではありませんが、日常生活の質(QOL)を大きく下げることがあります。当クリニックにも、
「朝、トイレから出られず学校に遅刻することが多い(高校生)」
「電車に乗っているとお腹が痛くなるため、各駅停車を使っている(20代社会人)」、
などのご相談を受けます。本コラムでは、過敏性腸症候群の原因・症状・治療法について、できるだけわかりやすく解説します。
過敏性腸症候群とは
過敏性腸症候群とは、腸の検査で明らかな異常がないのに、お腹の痛みや便通異常(下痢・便秘)が続く状態を指します。
腸がちょっとした刺激(食べ物・ストレスなど)に“過敏に”反応してしまうのが特徴です。
症状のタイプ
過敏性腸症候群は、主に4つのタイプに分類されます。
下痢型:ストレスや緊張時に急にお腹が痛くなり、トイレに駆け込む
便秘型:お腹が張って便が出にくく、硬い便が続く
混合型:下痢と便秘を交互にくり返す
分類不能型:どちらともいえないタイプ
特に多いのが混合型(下痢と便秘をくり返すタイプ)で、患者さんの生活リズムや食事内容によって症状が変わります。
原因
過敏性腸症候群の原因はひとつではありませんが、以下のような要因が関係していると考えられています。
・ストレスや緊張による自律神経の乱れ
・腸の運動異常(腸の動きが速すぎたり、遅すぎたりする)
・腸内環境の乱れ
・感染性腸炎後の変化(いわゆる「感染後IBS」)
・ホルモンバランスの影響(女性に多い傾向があります)
診断
過敏性腸症候群(IBS)の診断は、「便通異常(下痢や便秘)を伴う腹痛が長期間続く」ことがポイントになります。
具体的には、Rome IV(ローマ4)診断基準という国際的な基準に基づき、
・少なくとも6か月以上前から症状が出ている
・直近3か月のうち、1週間に少なくとも1日以上は腹痛がある
ことが条件とされています。
つまり、「2週間前からお腹が痛くて下痢をしている」といった一時的な症状だけでは、過敏性腸症候群とは診断されません。
さらに重要なのは、腹痛や便通異常の原因ががんや炎症性腸疾患などの目にみえるような病気(器質的疾患)によるものではないことを確認することです。
そのため、内視鏡検査や血液検査などで器質的疾患を除外することが大前提となります。
大腸内視鏡検査(大腸カメラ)は必要?
大腸内視鏡検査(大腸カメラ)は、大腸がんやポリープ、炎症性腸疾患などを診断するために欠かせない検査です。
しかし当院では、過敏性腸症候群(IBS)が疑われる方すべてに大腸カメラを勧めるわけではありません。
たとえば、小学生の頃から登校前の腹痛や下痢をくり返している高校生の場合、まずは過敏性腸症候群の治療を始めて、その反応をみてから内視鏡検査を検討します。
このように、年齢や症状の経過、生活背景などを踏まえて柔軟に判断します。
次のような場合は大腸カメラをおすすめします
以下のような症状や状況がある場合には、過敏性腸症候群ではなく他の病気が隠れている可能性があるため、大腸内視鏡検査(大腸カメラ)を検討します。
🔹40歳~50歳以上で、これまで一度も大腸カメラを受けたことがない
🔹発熱を伴う
🔹血便が出る
🔹体重が減ってきた
🔹お腹の診察でしこり(腫瘤)が触れる
🔹過敏性腸症候群の治療をしても症状が改善しない
治療
過敏性腸症候群の治療は、「原因を取り除く」というよりも、症状をコントロールして快適に生活できるようにすることが目的です。
① 生活習慣の改善
・規則正しい食生活
・食物繊維のとりすぎに注意(便秘型では適度に、下痢型では控えめに)
・適度に体を動かす(ウォーキング、ヨガ、エアロビなど)
・カフェインやアルコールの制限
・睡眠と休息をしっかりとる
② 薬物療法
・腸の動きを整える薬
・腸内環境を改善する整腸剤
・ストレスによる症状悪化がある場合は、抗不安薬や抗うつ薬を併用することもあります
③ ストレス対策
ストレスが強いと症状が悪化する傾向があるため、カウンセリングやリラクゼーションも有効です。
まとめ
過敏性腸症候群は、「気のせい」や「体質」ではなく、れっきとした病気です。
また、同じような症状でも大腸がんや炎症性腸疾患など別の病気が隠れている場合もあります。
「長引く下痢や便秘」「検診で異常がないのに調子が悪い」
そんなときは、ぜひ一度ご相談ください。

参考文献
日本消化器病学会(編):機能性消化管疾患診療ガイドライン2020:過敏性腸症候群(IBS), 改訂第2版, 南江堂, 2020.
神谷 武. 臨床消化器内科 2021;36:520-26.
二ノ宮 壮広, 他. 臨床雑誌 内科 2025;135:831-5.