消化器内科・内視鏡科
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院長コラム
COLUMN
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目次
70代女性の方です。持病として高血圧症と甲状腺の病気(橋本病)があります。
ピロリ菌の除菌歴がありますが、特に胃の症状はありません。
当院で胃カメラをおこなったところ、胃体部(胃の真ん中あたり)に高度な萎縮を認めました。
しかし前庭部(胃の出口付近)の粘膜は、軽度の萎縮のみでした。
胃粘膜の萎縮の程度が、体部>前庭部であり、ピロリ菌感染による慢性胃炎とは異なるパターン(逆萎縮)でした。
胃粘膜の逆萎縮と橋本病の持病があることから、自己免疫性胃炎を疑い、血液検査(抗胃壁細胞抗体とガストリン)をおこないました。
抗胃壁細胞抗体が陽性(80倍)でガストリン値は高値であり、自己免疫性胃炎と診断しました。
自己免疫性胃炎とは、ピロリ菌感染と同じように慢性胃炎を引き起こす病気ですが、発生の仕組みが異なります。
その頻度はピロリ菌による慢性胃炎とくらべて少なく、胃カメラ検診において約0.5〜1%の方で見られるとされています。
自己免疫性胃炎の原因は、体の免疫システムが誤って自分自身の胃粘膜を攻撃してしまうことにあります。
特に、胃酸を分泌する「壁細胞」が免疫システムによって破壊されるのが特徴です。
壁細胞が減少すると胃酸の分泌量が低下し、体内でのビタミンB12や鉄分の吸収が悪くなります。その結果、これらの栄養素の欠乏症状が現れることがあります。
また自己免疫性胃炎は、胃がんや神経内分泌腫瘍の発生と関係があるとされています。
自己免疫性胃炎に特徴的な自覚症状がありません。
胃炎が高度に進んでくると、消化不良による胃もたれや膨満感などがでることがあります。
また胃酸の減少により起こる栄養吸収障害の結果として:
2023年に作成された自己免疫性胃炎の診断基準によると、「内視鏡所見、組織所見のいずれか、もしくは両者が自己免疫性胃炎の要件を満たし、かつ胃自己抗体(抗胃壁細胞抗体あるいは抗内因子抗体、もしくは両者)陽性」の場合、診断確定となります。
つまり、自己免疫性胃炎の診断には主に以下の検査が必要です:
自己免疫性胃炎を疑うきっかけとなるのは、その特徴的な内視鏡所見です。
具体的には、胃の出口付近(前庭部)の粘膜がほぼ正常なのに対して、胃の真ん中あたり(胃体部)の粘膜に強い萎縮がみられることです。
これは、自己免疫で攻撃される壁細胞が、胃体部に豊富に存在するためです。
一方、ピロリ菌感染による慢性胃炎の場合、萎縮は前庭部からはじまり、経過とともに胃体部に進んでいきます。
すなわち、自己免疫性胃炎とピロリ菌による慢性胃炎では、萎縮パターンが異なっています。
ピロリ菌の萎縮パターンと対比して、自己免疫性胃炎の萎縮パターンを“逆萎縮”といいます。
胃カメラでこの逆萎縮に気づくと、「自己免疫性胃炎かも」と考えますが、それにはある程度の慣れと経験を要します。
しかし近年、内視鏡医の間で自己免疫性胃炎の認識が高くなってきており、自己免疫性胃炎を診断する機会も増えてきています。
胃自己抗体(抗胃壁細胞抗体または抗内因子抗体)が陽性となります。*これらの検査は、保険適応がありません(2025年2月19日現在)。
また血中ガストリン(胃で作られるホルモン)が高値となります。
ビタミンB12の低下、貧血、などもみられることがあります。
自己免疫性胃炎自体の治療はありません。
ビタミンB12、鉄が欠乏している場合には、それぞれ補充します。
A・胃カメラで逆萎縮を認める場合、ピロリ菌がいないのに慢性胃炎を認める場合、貧血や他の自己免疫性疾患(橋本病など)がある場合、などに疑います。
日本での自己免疫性胃炎の調査によりますと、診断のきっかけとなったのは、内視鏡検査が最多でした。
ピロリ菌による慢性胃炎とは違う胃体部だけの萎縮(逆萎縮)に気づくと、自己免疫性胃炎を疑えます。
しかし、逆萎縮は自己免疫性胃炎がかなり進んだ段階で見られ、萎縮が軽度な段階での自己免疫性胃炎の内視鏡診断はかなり困難です(最近、注目はされていますが・・・)。
また、内視鏡検査で慢性胃炎があるのにピロリ菌の感染歴がない場合や、逆に2, 3度ピロリ菌の治療をしても陰性にならない場合には、自己免疫性胃炎の可能性を考えます。
大球性貧血(ビタミンB12欠乏でおきます)を認める場合、自己免疫性胃炎がないか確認します。
自己免疫性胃炎は、甲状腺の病気(橋本病、バセドウ病)や1型糖尿病などの自己免疫性疾患を合併することがあります*。このような病気のある方の内視鏡をおこなう際には、自己免疫性胃炎がないか注意する必要があります。
*自己免疫性胃炎と甲状腺の病気の合併を、多腺性自己免疫症候群(autoimmune polyglandular syndrome: APS)といいます。
A・自己免疫性胃炎とピロリ菌感染が合併することがあります。
近年、減少傾向にはありますが、日本人はピロリ菌の感染率が高いです。
そのため、ピロリ菌感染に加えて、自己免疫性胃炎を発症することは珍しくありません。
両者が併存する場合、以下のような理由で自己免疫性胃炎の診断が難しくなることがあります:
自己免疫性胃炎の別症例。総合病院消化器内科にて除菌治療を受けていますが、自己免疫性胃炎とは言われなかったようです。当院での胃カメラで胃体部に強い萎縮と島状に残っている粘膜(矢印)を認めたため、自己免疫性胃炎と診断しました(抗壁細胞抗体陽性、ガストリン高値)。
<参考:正常の胃>
10代の正常な胃です。まっすぐな胃のひだが観察されます。
A・自己免疫性胃炎において、ピロリ菌がいないのに関わらず除菌治療をくり返すことです。
胃酸は、胃内の細菌を殺菌するために重要です。
自己免疫性胃炎により壁細胞が破壊され、胃酸が著しく低下すると、ピロリ菌以外の雑菌(主に口の中の菌)が胃についてしまいます。
この雑菌の中には、ピロリ菌検査である尿素呼気試験に反応するものがあります。
自己免疫性胃炎で尿素呼気試験をしたら、ピロリ菌がいないのに陽性となることがあります(偽陽性)。
この時点で自己免疫性胃炎に気づかなければ、ピロリ菌による慢性胃炎と考え、除菌治療をおこなうことになります。
治療により、一時的に胃内の雑菌は消えるかもしれませんが、再び口の中などから雑菌が入りこんで胃内に棲みついてしまいます。
このような状況で再度、尿素呼気試験を行うと、再び陽性となってしまいます。
すると、担当医は除菌不成功と考え、再度、治療をしますが、結果は同じです。
こうしてピロリ菌がいないにも関わらず除菌治療をくり返すことを、泥沼除菌といいます。
複数回の除菌治療が失敗した場合には、自己免疫性胃炎の可能性を考慮し、過去の内視鏡所見を見直すとともに、尿素呼気試験以外の検査方法(便中ピロリ菌抗原検査など)でピロリ菌感染の有無を確認する必要があります。
A・自己免疫性胃炎は、胃がんの危険因子と考えられているほか、神経内分泌腫瘍が発生することがあります。
日本からの報告では、自己免疫性胃炎の10〜20%の症例で胃がんが発見されています。
この発生率は海外の報告に比べて高いですが、その理由が人種差なのか、ピロリ菌の関与なのか、内視鏡検査技術の違いによるものなのかは、不明です。
また自己免疫性胃炎がある場合、神経内分泌腫瘍(カルチノイド腫瘍)という特殊な腫瘍が発生することがあり、その頻度は10%程度とされています。
自己免疫性胃炎において神経内分泌腫瘍ができるのは、胃内の低酸状態によって血中ガストリン値が上昇することと関連していると考えられています。
自己免疫性胃炎を背景に発生した神経内分泌腫瘍は、一般的に悪性度が低く予後が良いとされています。
神経内分泌腫瘍の大きさが1cm未満で数が少ない場合には、経過観察とする選択肢もありますが、原則、内視鏡または外科的な治療となります。
A・年1回、胃カメラを受けたほうがいいでしょう。
前述したように、自己免疫性胃炎では胃がんや神経内分泌腫瘍が発生する危険性があります。
胃がん・神経内分泌性腫瘍ともに、早期の段階で発見できれば内視鏡的に切除することが可能です。
そのため、日本においては自己免疫性胃炎と診断された方に対して、年1回の定期的な胃カメラ検査が推奨されています。
<参考文献>
Terao S, et al. Digestive Endoscopy 2020;32:364-72.
平澤 俊明、ほか.胃と腸 2024;59:63-75.
日本神経内分泌腫瘍研究会(JNETS)膵・消化管神経内分泌腫瘍診療ガイドライン第2版作成委員会(編).膵・消化管神経内分泌腫瘍(NEN)診療ガイドライン2019年 第2版.金原出版,2019.
平澤 俊明著.Dr.平澤の上部消化管内視鏡診断セミナー下巻.羊土社, 2022.
注:「今月の1例」は、今月に内視鏡を行なった症例とは限りません。過去の症例も含まれます。